
【2026年7月版】
AIエージェント時代の「作らない技術」(3) ― 手で書くより、ループを回す
公開日: 2026/07/25
読了時間: 約 11分
第1回では本家に呑み込まれるサードパーティを、第2回では本家のAPIに振り回され、モデルの進化で問題ごと消えていく実装を扱った。
それでも、AIを使う実装をすべて避けられるわけではない。ただし、足りない部分を人が手で書いて捨てる作り方を磨く価値は、いま急速に薄れつつある。使い捨てのコードは、もう人ではなくエージェントが書きはじめているからだ。第3回では、コードを資産にせず捨てられるようにする考え方にふれたうえで、自分で書く代わりにエージェントの「ループ」を活用する動きを紹介する。
何を残し、何を捨てるか
AIを補う実装をすべて避けられるわけではない。だが、AIエージェントが進むほど、そうして書くコードはどれもその場で作られては捨てられる一時的なものになっていく。すべての実装が使い捨てになる未来が、もう始まっている。
だとすれば、残すべきはコードではなく、そのもとになる仕様のほうだ。開発の重心は、コードの保守から仕様の保守へ移る。インフラをコードで宣言し、同じ状態を何度でも立て直すIaC(Infrastructure as Code)と同じく、開発に冪等性を持ち込む発想と言える。
OpenAIのSean Groveは2025年のAI Engineer World’s Fairで、プログラミングの基本単位はプロンプトでもコードでもなく仕様になると述べた。GitHubのSpec KitやAmazonのKiroのように、仕様を先に書いてコードを生成させる道具も出そろってきた。仕様と評価さえ残っていれば、実装は何度でも作り直せる。
書いて捨てるのは、もう人ではない
コーディングエージェントは、ループを回してコードを書く。目的を満たすかテストが通るまで直し、用が済めばその実装は捨てられる。
このループを、Anthropicは収集・実行・検証・反復の四段として整理している。文脈を集め、ツールで動き、結果を確かめ、また回す。とりわけ検証を重視する。テストやlintや画面、別のモデルの判定といった基準に出力を照らして直せるほど、エージェントは信頼できるとする。
Claude Codeを作ったBoris Chernyは、2026年6月のFortune Brainstorm Techでこの変化を語っている。もう自分はClaudeにプロンプトを書かない、仕事はループを書くことだ、と。彼はこの8か月、手で一行もコードを書いていないという。ユーザーがClaudeに指示するのではなく、別のClaudeが指示を出す。人の役割は、トリガーとタスク、検証と停止条件からなるループを設計する側へ移りつつある。プロンプトを一つずつ磨く技術は、ループを設計する技術に置き換わろうとしている。
作る役と評価役を分ける
自分が書いたコードを自分で採点させると、モデルは誤りを見落とし、成功を過大に報告しやすい。そこで、コードを生成するエージェントと、それをテストやlint、仕様に照らして評価するエージェントを分ける構成がとられる。生成と評価を往復させ、評価が通るまで直していく。どのループでも律速になるのは、モデルの賢さよりこの検証の質だ。
収束するのは、検証が明確なときに限られる。「テストが通り、lintが綺麗」のような条件なら、反復は品質へ近づく。だが「コードを良くする」といった曖昧な目標では、当てずっぽうの採点者に向かって回り続け、もっともらしいだけの出力に落ち着く。各ステップの出力が次の入力になるため、初期のズレは後工程で増幅する。そこで、確定的にできる手順はスクリプトやスキルに固定し、判断の要る部分だけをループに委ねる。
この分業は、すでに製品にも入っている。OpenAIのCodex CLIが2026年4月30日に/goalを先に実装し、その11日後、Claude Codeも5月11日に続いた。どちらも、条件が真になるまでターンを跨いで自走し、達成できたかを確かめてから止まる。Claude Codeでは毎ターンのあと、別の小型モデル(既定はHaiku)が達成を判定する。作り手に自分の答案を採点させない、という原則がそのまま形になっている。
コストと安全のあいだで
ループは強力だが、ただではない。Anthropicの計測では、エージェントはチャットのおよそ4倍、複数を束ねる構成では約15倍のトークンを使う。Uberは2026年、AI予算を4か月で使い切り、コーディングツールごとに一人あたり月1,500ドルの上限を設けた。Anthropicが2026年3月に出したClaude CodeのCode Reviewも、PRごとに複数のエージェントを並列で走らせて見落としを拾う仕組みで、料金はトークン量に応じて1件あたり15〜25ドルになる。だからこそ費用の見方も変わり、Boris Chernyは同じ作業を人がやった場合の費用と比べるべきだと言う。
安全の面でも線引きが要る。Anthropicは2026年3月、Claude CodeにAuto Modeを導入した。それまで人が承認していた操作を分類器に置き換える仕組みで、Anthropicによれば、実際には許可を求める確認の93%が承認されていた。危険と判じた操作は「迂回せず、安全な別経路を探せ」と差し戻される。それでも実セッションから集めた行き過ぎの事例に対する見逃しは17%あり、拒否が3回続くか累計20回に達すると人へエスカレーションする。完全自動はほぼすべての状況で危険だと説明されており、人のレビューを完全には置き換えない。運用ではサンドボックスで隔離し、要所に人の確認を残す。そもそも多くの作業では、ループを組むより良いエージェントとの対話のほうが速くて安全だという声もある。ループが効くのは、検証が明確で反復に見合う仕事だ。
人はループに残る
エージェントに任せても、生成は毎回わずかに揺れて間違った道にも進むため、確認と修正は人の側に残る。Andrew Ngも2026年6月のThe Batchで、開発を速度の異なる三つの入れ子のループとして説明している。エージェントが秒から分で回すコーディングのループ、人が数十分から数時間で回すレビューと操舵のループ、世界が数時間から数週間で回す本番データのループだ。内側でコードが書かれては捨てられていくあいだに人は外側のループで仕様を更新しながら方向を正していく。
残る資産は、コードそのものではない。仕様やスキル、ループの設計のほうだ。
自分の手で書いたコードには、サンクコストがつきまとう。だが、実装をいつでもエージェントに生成させることを当たり前にすれば、その呪縛から解放される。それが、次のAI時代の開発だ。
次回(第4回)は、そもそも作るべきでない実装と、「待つ」という選択を扱う。
参考リンク
- Building Effective Agents — Anthropic
- The New Code — Sean Grove, OpenAI(AI Engineer World’s Fair 2025)
- GitHub Spec Kit / Kiro
- Uber caps employee AI spending — TechCrunch
- Building agents with the Claude Agent SDK — Anthropic
- How we built our multi-agent research system — Anthropic
- Claude Code Auto Mode — Anthropic Engineering
- Codex CLI の
/goalコマンド(openai/codex)— GitHub - Keep Claude working toward a goal(/goal)— Claude Code Docs
- Anthropic’s Boris Cherny manages tens of thousands of agents — Fortune
- You’re comparing AI costs to the wrong thing(Boris Cherny)— Fortune
- Code Review for Claude Code — Anthropic
- Three Key Loops for Building Great Software — Andrew Ng, The Batch
- Loop Engineering: An Honest Verdict — Black Matter VC